交流の発端として
-三条市とイスラエル・ヘブライ大学-
9月6日(金)から8日(日)までの3日間イスラエル、ヘブライ大学の関係者が三条市を訪問した。
3日間で三条市立大学の学生たちとの交流会(上田副市長同席)、
市内の企業(パール金属、マルナオ、諏訪田製作所、スノーピーク)の見学、
名湯(嵐渓荘)での温泉体験もした。また市内の曹洞宗西明寺での宿坊、座禅体験も行った。
更に弥彦神社にも参拝する機会を得た。
この遠征訪問は今年4月13日から15日まで、
ヘブライ大学人文学部長である、ニシム・オトマズキン教授が三条市を訪れ
滝沢三条市長への表敬訪問と三条市立大学(アハメド・シャハリアル学長)を
訪問した経緯の中で今回の教授、学生合わせて7人の三条市内の訪問が叶えられた。
一連の三条市とヘブライ大学との結びつきの計らいを取り持ったのは、
AIACC国際書道文化発展協議会、事務局長である岡田伸吉氏の役割が大きい。
岡田伸吉氏は、私の高校(三条高校)の同期の間柄でもあった。
AIACC国際書道文化発展協議会(以下AIACC)は、日本語と明治以降に
欧米芸術の自由な精神を書の根幹とした近代日本書道を交流の共通のツールにして、
書文化の源である長安文化に敬意を払い西安にある唐代創建の古寺復興支援及び、
海外の基幹大学に日本書道講座を開設し日本語を公用語として友好の輪を作り
広げることを提唱している。ヘブライ大学の他にも、コペルニクス大学、トリノ大学、
ボローニャ大学、バールイラン大学、フィレンツェ大学等
世界でも著名な大学と書道を通しての平和の人づくり活動を積極的に行っている。
AIACCは当時イスラエルと敵対関係にあったサウジアラビア王国にも3度招待され、
日本の現代書道展を開催、日本書道は平和を作る人づくりとして普及活動を行っていきた。
活動の中心を成すAIACCの代表を務めている方が、新潟市の曹洞宗延命寺の住職であり
著名な書家・刻字作家である「薄田東仙(泰元)」氏である。
さて、イスラエル、ヘブライ大学と三条市との交流は、書道等を通して日本の文化を学ぶ
ヘブライ大学の教授、学生たちが基点となって成されたものである。
彼らはヘブライ大学で外国語に日本語を選択、日本学科の講座を受けている。
この機会にイスラエルと日本と関係を述べてみる。
人口760万のイスラエルは国家規模から見ても日本研究をする研究者や
専攻する学生の比率が高く、その割合は世界最高の部類に入る。
人口の約7割であるユダヤ人が話すヘブライ語、約3割を占めるアラブ人が話すアラビア語は
いずれもイスラエルの公用語である。イスラエルでは、日本との人的交流が発展し始めた
1970年代後半から、日本文化・日本語に対する関心が高まりを見せた。
特に2015年に故安倍総理が経済ミッションを伴ってイスラエルを訪問したことを契機として
対日ビジネスが活発化し、日本語を学習するイスラエル人ビジネスマンが増加している。
日本とは、2022年国交樹立70周年を迎えている。高等教育機関では、現在、
エルサレム・ヘブライ大学、テルアビブ大学、ハイファ大学、
テクニオン・イスラエル工科大学、バール・イラン大学及びテル=ハイ・カレッジの
6大学において日本語教育が行われている。その中でもいち早く日本語の講座を設けたのが、
ヘブライ大学である。ヘブライ大学は1918年アインシュタイン博士が全ての遺産を寄贈、
多くの著名人らの賛同により創建された。
ちなみにイスラエルの建国が1948年である。
1964年人文学部東アジア学科をスタート。
日本とへイスラエルとの緊密性を膨らませた内容を話すとそれは、2003年頃から
インターネットやSNSなどを通じてイスラエルの若年・青年層(小学生~20代後半)
の間で日本のアニメ・マンガへの関心が爆発的に高まり、これらの若年層が日本語を
学習し始めるという現象が生まれた事である。アニメ・マンガ等にみられる
日本のポップカルチャーは全世界でも若者を中心としてその吸引力が強く、その魅力は衰えない。
過去を遡れば杉原千畝(すぎはらちうね)、「東洋のシンドラー」とも呼ばれる
日本外交官の存在を忘れてはならない。彼は、第二次世界大戦中、日本領事館領事代理として
赴任していたリトアニアのカウナスという都市で、ナチス・ドイツによって迫害されていた
多くのユダヤ人にビザを発給し、彼らの亡命を手助けしたことで知られている。
しかし日本国政府と外務省は戦中戦後も重大な違反行為として彼を罰した。
これらは「命のビザ」の物語としてイスラエル現地の学校でも彼を称え、伝え続けられている。
ヘブライ大学構内の芸術教室の前には生前の彼の写真と経歴が掲揚され、
教室に入る学生は皆これを読んで入室している。
以上のようにイスラエルは、日本を固有の文化・社会的価値をもつ極めて深みのある国
として認識しており、現代日本社会の動向については、マスコミでも頻繁に報道されている。
このような日本とイスラエルとの関係性の中でイスラエルが当地(三条市)と今後友好の輪を
広げるきっかけを作った事は、意義深い。経済面での発展も目覚ましく、AIACCが講座を開講した
2010年では国民一人当たりのGDPは日本の約半分、2023年では
日本33911USの1.5倍以上にあたる52366USとなっている。
しかしながら、2023年10月7日勃発したテロは、地縁血縁を離れたところで
生活を営むことが出来ない無知で貧しく物言えぬ人々を盾として使う勢力と、
囲まれて銃を向ける民主主義を試される市民の構図として70年以前から始まり、
このままでは今後も続いていくことを忘れてはならない。
外の私達には両者間で開いた経済格差が問題であり、富の創造と分配を地道に積み重ねる
民主主義的経済を総取り機会主義経済に取り替えた政治の差と見えてしまう。
誰かが銃の代わりに公平な規則の遵守と教育を与え、自由に職を選び貴賤のない
成功モデルを量産しなければこの連鎖は解けない。そんな人間の根源に関わる葛藤の中でも
ユダヤ人とアラブ人が共に学んでいる大学がエルサレムにあるヘブライ大学には希望がみえる。
今回学生たちを引率したニシム・オトマズキン教授は、
「対立はあっても大学は安全地帯であるべきだ。戦争下でも相手を尊重し、自由に、
意見を言える空間を守りたい」と今年2月12日の新潟日報紙に投稿した。
3日間、ニシム・オトマズキン教授は私の運転する車に同乗した。
教授が弥彦神社へ向かう道すがら車外の光景を見ながらこんな言葉を漏らした。
「一面の田んぼがどこまでも広がっていますね…、稲の穂が美しいです。気持ちがいいですね。」