寺子屋”ZEN”は新潟県三条市の工具メーカーに勤務40年の丸山善三がお届けするWebメディアです。

歴史街道八十里越え開通

歴史と文化をつなぐ道

四月、子供たちも春休みに入り、屋外で遊ぶ元気な子供たちの声が家の中にいても聞こえてきて気分が良い。お彼岸に庭の“冬囲い”を解いた。雪折れを防ぐため枝を縛り上げた枝も荒縄を解くと一斉に音を立てて枝葉を広げた。空もぼんやりとした朧日に変わってきた。そして、庭の紅梅も昨日開花した。雪国にも本格的な春の到来である。

ところで、私たち地元では、新しい観光ルートの開発工事が、今急ピッチで進められている。「国道289号線八十里越」(2027年夏期開通予定)である。このルートは、新潟県三条市から福島県南会津郡只見町に至る豪雪地帯の山間部を通す県境約58キロの道路である。工事の歴史を調べてみると昭和61年度に最も険しい県境区域11.8キロを国が直轄し開発事業が開始された。あれから41年を経過し待望の新潟県、福島県を横断する大動脈が繋がることになった。

当ルートが開通されると今まで2時間半以上山道を越えていた道を、トンネル開通によって1時間20分程度で通過することができる。かつては、八十里越を利用して、南会津地域では、食塩・魚類・鉄製品などの生活用品を越後から移入していた。さらに、南会津からは、繊維原料、林産物、労働力などを越後へ送り出していた。このルートは、作家司馬遼太郎の長編時代小説『峠』の中で主人公河井継之助(旧幕府軍長岡藩家老)が、重傷を負い戸板に載せられて越後からこの道を通って南会津へ敗走するシーンで有名になり、その名を知られるようになった。さて、今回八十里越の開通によって大きな効果が期待できる。それは、救急救命体制への貢献である。現在、福島県只見町には総合病院がなく、高度医療、救急医療の主な救急搬送先は、会津若松市にある会津中央病院であった。それも、只見町から会津中央病院までの所要時間は、94分も要した。開通により隣の三条市までの距離(所要時間)が短縮され、通年通行可能となる。さらに令和6年3月1日に三条市に開院した済生会新潟県央基幹病院へは、所要時間が75分となるため、過疎地域でもある南会津地域での救命救急体制の向上が期待される。

   わが国有数の新潟、福島間の豪雪地帯を高度な土木技術によって生活の路を通すことになった。そして、救急救命が向上し、災害での代替路も整備された。さらには、両県の観光促進へも寄与する。このように子供たちの未来にバトンタッチするために私たちができる課題は、まだまだ多い。今回のインフラ整備は、ようやく第一歩を踏み出した処といえるだろう。

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