寺子屋”ZEN”は新潟県三条市の工具メーカーに勤務40年の丸山善三がお届けするWebメディアです。

ことわざ、慣用句を生かす

人生の旅に座右の銘を

3月の声を聞くとようやく新潟県も寒気が緩んできた。そうすると一気に雪解けが進む。2ヶ月以上も降雪マークが続いていた。しかしながらここ1週間くらい前からは、鉛色の雪雲が切れて、その隙間から光が差してきて眩しい陽光が注がれるようになった。“深雪晴れ”とも言われ、俳句の季語にも使われる。深雪晴れの時には、降り積もった白い雪に光線が反射する。久しぶりに仰ぐ強い光にサングラスをかけなければいけない程だ。私達は、この時とばかりに屋外に飛び出し雪掻きに専念する。毎年の見馴れた雪国の光景ともいえる。

さて、私は最近非常に気になっている言葉がある。それは、「人生訓」という言葉である。現代人は、頓に心に悩みを抱えている方が大勢居られる。その何たるかを追求するためにも人生訓を持つ必要がある、と何となく感じたからである。みなさん人生訓とは何であるかご存知でしょうか。辞書には“人はどう生きるべきか?と言った事柄に関する教え”とある。人間は、各々色々な信条、考え方、感じ方を持っている。心の持ち方、気持ちのあり方でそれは、いかようにも変えることが出来る。人生は、思い悩みの連続である。徳川家康公は、こう言ったものである。「人の一生は重荷を負いて遠き道を行くが如し」家康公の遺訓はさらに続く。「急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし、忍耐をもって歩むべきなり」と。戦国の混乱期から江戸幕府を開いた家康公の人生哲学であり人生を長い旅とした含蓄ある言葉でないか。

ここで次に家康公の遺訓の原文をいれ、その意味を記してみたい。

『人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。
不自由を常と思えば不足なし。こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。
勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。
おのれを責めて人をせむるな。
及ばざるは過ぎたるよりまされり』

徳川家康公遺訓

原文の意味は、おおよそ次のようなものである。

 『人の一生というものは、重い荷を背負って遠い道を行くようなものだ。急いではいけないい。
 不自由が当たり前と考えれば、不満は生じない。
 心に欲が起きたときには、苦しかった時を思い出すことだ。
 がまんすることが無事に長く安らかでいられる基礎で、「怒り」は敵と思いなさい。
 勝つことばかり知って、負けを知らないことは危険である。
 自分の行動について反省し、人の責任を攻めてはいけない。
 足りないほうが、やり過ぎてしまっているよりは優れている』

人間は、自らの“自立”の姿を思いうかべ日々刻苦している。

私は、この家康公の遺訓を人生訓としてこれからの人生の旅を続けていきたい。

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